飽き性の私が憧れるものははるか高嶺にあるようです

私は飽きっぽいところがあり、それのせいで今までの人生の中で「失敗したなあ」とか「軽率だったな」と後悔してしまうことがけっこうあります。しかしそんな私の好きな言葉が「百年の計」という言葉であり、恥ずかしながらこれはけっして冗談ではありません。
なにかにつけて自分に都合の良い結果を早急に求める性格の私としては、このような言葉に拒絶反応をおこしてもおかしくないのですが、逆に好きであるというのが面白いと自分のことながら思ってしまいます。
たぶん百年や二百年、調子に乗ってもっと言ってしまえば千年や一万年先のことまでも考えようとするその姿勢がすばらしいと思ってしまうのです。一万年や千年は当然のことながら、百年先ですら自分はいないであろうに、自分のいない世界のことまでも考えて計画を立てようというのはロマンを通り越して、何か神々しいものさえ感じてしまいます。そんなことを考える人は社会に大きく貢献する良い人だという勝手な決め付けも私の中であり、私もそんな人になれたらどんなにいいだろうと思ってしまいます。脱毛ラボ 予約